vol.080頚椎捻挫 最新の医学的知見 part.2
治療
1995年に雑誌『Spine』に発表された、ある論文があります。ケベックむち打ち症関連障害特別調査団の治療に関する知見、という長い題名の論文ですが、この論文が頚椎捻挫の治療に与えた影響は大きいと思います。
この論文によれば、
- ほとんどの頚椎捻挫は自然経過が良好で、かつ現在行われている治療法のほとんどは、その有効性が科学的に評価されていない。
- 頚椎捻挫受傷後安静を保つ意味はなく、頚椎カラーは有用でない。頚椎を固定するような治療を長期間行うことは症状を長引かせ労働不能な状態を長期間持続させる。
この論文以降多くの研究論文が発表され、やはり受傷後早期から活動性を維持することが有用である可能性が高いとされています。
今でも漫画やドラマなどでは交通事故の患者が頚椎カラーをまいている描写をたまに見かけるかもしれませんが、現実にはそのような治療が行われることはほとんどありません。
固定をするよりも、動くこと。仕事や日常生活を制限するのではなく、出来ることは積極的に行っていくことが、早期回復、早期社会復帰には重要といえます。
予後
交通事故における頚椎捻挫では、長期間症状が持続し仕事や日常生活に復帰できない人達が一定数存在するという問題があります。
そして、そのような人達の多くは追突などをされた被害者というのが自分の印象ですが、いかがでしょうか。
自損事故などはほとんど見かけません。
画像検査で器質的異常を認めないにもかかわらず遷延化する交通事故被害者の疼痛、社会復帰不能期間の長期化の影には組織の損傷といった生物学的要因だけではなく、心理社会的因子が密接に関わっている可能性があります。
リトアニアやギリシャでは追突事故被害者に対する補償が行われていないそうですが、それらの国で行われた研究によれば、交通事故が原因で生じた症状は全て回復し、症状が長期化した例は一例もなかったと結論づけられています。
長期化する痛みの原因のすべてを補償問題などの疾病利得や、加害者への他罰的意識に結びつけるつもりはありませんが、治療時には考慮しておかなければいけない問題だと
思います。
2回にわたって頚椎捻挫、特に交通事故後のものに関して書き進めてきました。
その治療において重要なことは、ただ単に疼痛緩和を行うだけではなく、保険会社との交渉、日常生活や仕事などへの早期復帰といった、社会的な要因も含めて対応していくことではないでしょうか。
慢性疼痛を診る専門家として、痛みや疾患だけでなく、人やそれを取り巻く社会も見ることの出来る人間になりたいと痛感する日々です。
- 北村 大也先生
- 整形外科医