鍼灸という言葉が表しているように、日本では鍼と灸を並列に考える。鍼と灸、機械刺激と熱刺激、誰がどうみても大きく異なる技であるのに。では、そのメカニズムはどのように考えられているのだろうか——。


「ポリモーダル受容器」が引き起こす効果の錯誤

鍼灸学校教育のなかでキーワードになるのが「ポリモーダル受容器」の存在である。ポリモーダル受容器は、機械刺激だけでなく、温熱刺激、化学刺激のいずれにも応答する。機械刺激に対する閾値は低く、広作動域ニューロンとして、感覚として痛みを感じない刺激にも反応する。これは鍼灸にとって都合の良い受容器といえる。鍼であっても灸であってもポリモーダル受容器を興奮させ → Aδ・C線維 → 外側脊髄視床路 と刺激が伝わる。なので、「鍼の機序としてわかっているものは、灸の機序としても使うことができる」といった暗黙の了解が業界にはある。鍼が効くのなら灸も効くはず、またその逆もしかりというわけだ。

新しい「はりきゅう理論」の教科書を開いてみると、その都合の良い考え方がわが国では定着していることがよくわかる。鍼灸治効機序の頁を見てみてみると、鍼の研究でわかってきたことについて書かれているところでも、主語がいつのまにか鍼灸と変わっていたりする。鍼の研究結果しかないのに、鍼灸の〇〇効果と題目がついているところすらある。

「acupuncture(鍼治療)」の汎用性を読み解く

なぜそのようなことが起こってしまうのだろうか。

先述したように、日本では鍼と灸が並列にあるということが前提にある。しかし、実際には鍼と灸ではわかっていることの多さは天と地ほど違う。論文検索サイトPubMedで、「acupuncture(鍼治療)」の単語を題名に含む英語論文は、11,125本ヒットする(2021年5月11日現在)。これを「moxibustion(灸治療)」という単語に変えると、745本と急激に減ってしまう。その機序に迫る動物実験に限定すると「acupuncture」では1,361本、「moxibustion」では126本となる。

「acupuncture」という単語には、単に鍼治療を指す場合と、灸治療を含む「鍼灸治療」という意味もある。ただ、論文でacupunctureの単語を用いている場合、鍼治療単独を指すことが多い。また、灸治療をメインで研究する場合「moxibustion」の単語を用いることが普通だろう。つまり、灸の説明をするには圧倒的に材料(エビデンス)が足りない。だから、鍼の理論を灸にも利用しようとするのだろう。

上海中医薬大学Baoらによる驚くべき論文

2016-17年、鍼も灸もどちらも効果はあるけど、その機序は全く違うという論文が立て続けに2本発表された(1,2)。どちらも上海中医薬大学のBaoらによって研究が行われ、鍼と灸は違うという当たり前といえば当たり前のことを科学的に証明した。Baoらは、クローン病患者に鍼通電療法もしくは灸療法(台座灸)のいずれかを受けてもらい、その際の、安静状態のfMRI画像の違いを比較した。安静時fMRI画像を用いるということは、外部から刺激していない状態時の、脳の機能的活性部位を明らかにするということである。

初期のfMRI研究では、鍼灸刺激などの特定の課題時に信号が増大し、安静時に減少する領域を検出することで、鍼灸治療に関連した脳領域を同定しようとしていた。しかし、次第に鍼灸刺激時に信号が減少し、安静時に増大する領域が存在することがわかってきた。それらの領域では安静時にエネルギー消費が増加することから、鍼灸刺激時に神経活動が低下しているわけではなく、安静時に神経活動が上昇していることがわかっている。




この安静時の神経活動の増加は、課題・刺激の種類に依存せず、内側前頭前野と後部帯状回で共通して認められる。そのため、内側前頭前野と後部帯状回はネットワークを形成していると考えられ,安静時に活動が上昇するという性質からデフォルトモードネットワーク(default mode network:DMN)と呼ばれている(図1)。つまり、Baoらは鍼灸刺激直後のダイナミックな脳の変化ではなく、長期的な効果としての脳の変化をみようとしたのである。

鍼通電と台座灸が脳領域に及ぼす決定的な差異

そこで用いた指標が局所均一性(ReHo)という指標である。ReHoでは、局所の神経ネットワーク、つまりは局所の神経活動性がわかる。加えて、クローン病活動性指数(CDAI)を治療効果の評価に用いた。CDAI<150を寛解期、CDAI>150を活動期とした。QOLの評価には、炎症性腸疾患のためのアンケート調査票(IBDQ)を用いた。IBDQの得点が高ければ高いほどQOLは良好ということになる。

両群ともに週3回×12週、合計36回の治療セッションをおこなった。鍼通電群は、左ST25(天枢)― CV6(気海)、右ST25 ― CV12(中脘)に鍼通電(2~100Hzの粗密波)をおこなった。台座灸群は、同じ部位に台座灸を施した。中国の台座灸は、台座に生薬のペーストを練りこむ。今回は、附子、黄連、木香、紅花、丹参、当帰で作った台座を用いた。

鍼・灸どちらも、クローン病に対して同等の効果を示した。CDAIスコアは減少し、IBDQスコアは有意に上昇した。鍼通電群と台座灸群で、ベースライン時から治療終了時に至るまで有意な差は認めなかった。つまり鍼と灸に効果の差は全くなかったのである。一方で、MRI画像結果は、

鍼通電群では、

【両側】
MCC(中部帯状回)、視床、海馬、下前頭皮質、中心前回、中心傍小葉、上側頭皮質
【左】
海馬傍回、淡蒼球、小脳
【右】
島皮質、被殻、中心後回、補足運動野、舌皮質、脳幹

のReHo値が有意に増加していたのに対し、

【両側】
前部帯状回(ACC)、眼窩前頭皮質、下側頭皮質、側頭極、中側頭皮質
【左】
上頭頂皮質、角皮質、楔部
【右】
中前頭皮質、尾状核

のReHo値は有意に減少した。

台座灸群では、

【両側】
MCC、淡蒼球、被殻、下前頭皮質、補足運動野、中後頭皮質、小脳、脳幹
【左】
PCC(後部帯状回)、海馬傍回/海馬、中心傍小葉、角皮質、紡錘状皮質
【右】
島皮質、中心前回、中心後回

のReHo値が有意に増加し、

【両側】
中側頭皮質、舌皮質
【左】
上内側前頭前野、下側頭皮質、側頭極
【右】
眼窩前頭皮質、中前頭皮質、尾状核

のReHo値が有意に減少していた。

見てわかるように、鍼通電と台座灸では、全く異なる脳領域に影響を及ぼす。

鍼療通電療法は、島、ACC、視床、海馬に有意に影響を及ぼした。これらの脳領域は、恒常性と密接に関係している。また、島、ACC、視床は、脳腸相関にとって重要な領域であり、ホメオスターシスの他に、痛み、感情的な感覚を処理して、内臓を調整することにおいて重要な役割を果たす。さらに、島とACCは、身体の生理的変化、バランス修復機能である自律神経反応、意欲や感情と関連がある。海馬は、視床下部-下垂体-副腎皮質系を介する免疫反応を制御しており、精神神経免疫学的調節と密に関わっている。つまり、鍼通電の臨床効果は、恒常性、免疫機能、身体のホメオスターシスを調整によるものだと考えられる。

台座灸療法では、内側前頭前野と後部帯状回と密接な関連が認められた。これは先述したデフォルトモードネットワーク(DMN)の構成要素である。DMNは、精神集中、熟練した瞑想家の無意識状態などで活性が落ちることが分かっている。つまり、灸治療の臨床効果はDMNの調節である可能性が高い。そうすることで、身体への注意を強化すると考えられるのだ。灸治療がDMN、特に内側前頭前野と後部帯状回とを制御することで、クローン病患者が身体やお腹の感覚に気づきやすい状態を作っていると想定される。

鍼と灸、全く異なる治療法だが表面上同様の効果を示すことがある。だからといって、同じ機序で効果が発揮されるとは限らない。機械刺激と熱刺激なのだから機序が異なることは当たり前と言えば当たり前のことである。ここまで読んで、あなたはまだ鍼と灸は同じ治効機序だと思いますか?

    【参考文献】

  • Bao C, Liu P et al. Different brain responses to electro-acupuncture and moxibustion treatment in patients with Crohn’s disease. Sci Rep. 2016 Nov 18;6:36636.
  • Bao C, Wang D et al. Effect of Electro-Acupuncture and Moxibustion on Brain Connectivity in Patients with Crohn’s Disease: A Resting-State fMRI Study. Front Hum Neurosci. 2017 Nov 17;11:559.