「100キロ以上、歩くという極限の状態のなかで、台座灸を行ったら、はたしてどんな効果を実感することができるのか?」。鍼灸マッサージ師の関口満氏(はり・きゅう・マッサージ アスケア治療院)が、そんな試みに挑戦した。距離が増すにつれて、確実に蓄積していく疲労。トレーニング慣れした関口氏でも、体験したことのないゾーンへと突入していく。前編からの続きをお送りする。


お灸のパワーを80キロ地点で実感


印堂に灸をして気分を上げてからスタートした長距離ウォーキング。最初こそ余裕はあったものの、徐々に同行者との会話もなくなっていく。今回、足三里へのお灸を行うのは、関口氏のみ。同行者の仲間から「自分にもお灸をやってほしい」というリクエストはなかったのだろうか。そう尋ねると、関口氏は苦笑した。
「とにかく必死なので、相手が休憩中に何をしているかなんて観る余裕はありません。後半になればなるほど、ひたすら自分の身体との会話が続くことになります」
想像を絶する世界だ。50キロを超えたあたりから、いよいよ足が重くなってくる。だが、まだ半分。60キロ、70キロと進めば進むほど、お灸の効果を感じたと関口氏は語る。
「スタート時を含めて、足三里と陽陵泉あたりと2点に5回にわたって、お灸を据えました。筋肉でいえば、前脛骨筋や腓腹筋周辺が張ってくるのですが、施灸したあとは、疲労がすっと抜けるんですよね。一度、休憩してしまうと行きたくなくなるのですが、灸でケアしていたことで、一歩足が前に出やすかったです」
80キロ地点では「残り20キロをなんとか持たせよう」と、祈るような気持ちでお灸を据えていたという関口氏。同行者は10歳年下で、スポーツトレーナーの経験もあるが、足はどんどん限界に近づき、辛そうな表情を浮かべる。一方の関口氏は、疲労困憊しながらも、そこまで深刻な状態には陥ることなく、ゴールを目指した。
「やっぱりリカバリーの差は大きいなと実感しました。なにしろ、最後の数キロは、足を少し上げるのもしんどくなります。道に転がっている空き缶を恨めしく思ったのは、40年生きてきて初めてのことでした」
時間にして、25時間40分にも及んだ105キロウォーキング。6時30分に出発して、翌朝の8時過ぎにゴールするという過酷なチャレンジを、関口氏はお灸パワーで、見事にクリアしたのだった。

食事で気づいた思わぬ身体の変化


お灸の思わぬ効果もあった。「あとで振り返ってから気づいたことなんですが」。そう前置きして、関口氏はこれまでの長距離ウォーキングになかった身体の変化を振り返った。
「これまでの長距離ウォーキングでは、どうしても後半に食事が胃に入らなくなったんです。食欲はあっても、食べ物を受けつけないんですね。仕方がないので、流動食を胃に入れていました。ところが、今回は100キロ終わったあとに、マクドナルドでセットメニューを食べられたんです」
足三里には、胃の機能を改善させる効果があるともいわれている。図らずも、そんな効果も今回のウォーキングで感じることができたようだ。
もちろん、関口氏も患者の症状の改善を通して、お灸がもたらす様々な効果はよくわかっていた。だが、あくまでも鍼と灸はセットで組み合わせることで、効果が出ると考えていた。ところが、今回お灸だけで、これだけの効果が自分の身体で発揮されたことは、治療家としても大きな経験になったという。
「患者指導も説得力が出ますよね。『実際に、自分がこんな経験をしたから、灸を予防的に行いましょう』と伝えられますから。今回の経験を通して、お灸はもっと身近なアイテムとしてあってよいものだと改めて思いました」

「養生と運動」をお灸から広げよう

「もも引の破をつづり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかかりて」
松尾芭蕉が「奥の細道」で綴った、足三里の灸。ある意味、関口氏は江戸時代にタイムスリップして、芭蕉の追体験をしたといっていいだろう。
「松尾芭蕉が、わざわざ旅の道具として、お灸を準備していった意味がよくわかりました。運動と養生が昔は自然に実践されていたのでしょう」
「人生100年時代」といわれる今、少しでも長く健康でいるためと、運動の重要性は広く浸透した。だが、養生についてはまだ十分に実践されているとはいえないだろう。鍼灸治療を体験したことすらない患者も多く、ツボへの意識も限定的にしか広がっていない。
まずは、自ら行う台座灸を鍼灸師が中心となって啓蒙し、一人でも多くの人に、その効果を感じてもらう。
その積み重ねで、私たちの生活に養生思想が再び根づいていくのではないだろうか。

『現代の松尾芭蕉!?足三里に灸をしながら、105キロウォーキングに挑戦(前編)』はこちら→